6月

内談義とは
旧暦6月9日、10日 午前10時 金剛峯寺大広間

高野山に伝わる問答の一つで、昔は10日間行われました。元は「練学会」と称し、お坊さん達はこの論議に出仕し、自己を磨き、一生懸命に勉強して高野山での僧位を築きました。独特の節回しがあり様々な、問答を繰り広げます。声明(しょうみょう)などに興味がございます方には、非常に面白いと思います。

高野山のお坊さんの位に「上綱(じょうご)」というものがあります。高野山の「学道(経典や論疏の勉学)」を修めなければこの階位に登ることができません。その上綱となる区切りの法会が次の「御最勝講」ですが、それに先だって問答を戦わせるのがこの「内談議」です。

この法会には高野山の勉学機関である「勧学会」の新衆(つまりは一年生)が初めておおやけの論席に出仕するもので、配役されたそれぞれの人たちは、この日までに一生懸命練習を重ねてきます。元は「歌論議」といわれたように独特の節回しを付けて問答を致します。また、言葉使いも古風で、「○○に候」といった具合で進みます。現在は2日間ですが、昔は10日間行われました。

この日には「五段華」と呼ばれる高野山の伝統華が生けられます。
御最勝講とは
旧暦6月10・11日 午後6時 伽藍山王院

元々宮中にて『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうぎょう)』という経典を講讃し、国家安穏等を祈る行事でした。高野山では承安3年(1177年)に始まりました。最初はやはり『金光明最勝王経』を講讃していましたが、文永11年(1274年)以降、問答論議に変更され江戸末期までは5日間10座の講席を勤仕されました。

現在では2日4座に成りましたが、現在でも厳重に執行されています。

お大師さま真筆と伝えられる「金光明最勝王経」と呼ばれる経典を講讃し、鎮護国家を祈る法会で、「左右学頭(がくとう)」はこの御最勝講を無事に勤めると「上綱」と呼ばれる階位に登ります。古くには宮中より勅使が参列されたりと、非常に厳重な法会です。

この法会にもやはり「勧学会」の新衆が出仕し、問答を致します。左右学頭は金剛峯寺より多くの方々に見送りを受け山王院へ出仕し、問答の最後に審判を下す「御領解」をなして、法会を締めくくります。また、法印御房の御出仕もあり、やはり「御領解」を頂戴してすべて滞りなく終了します。
宗祖降誕会とは
6月15日 午前9時 高野山大師教会大講堂

お大師さまの御誕生日をお祝いします。安永7年(1778年)年に書かれた『金剛峯寺年中行事』に初めてその名称があげられ、当時は金堂にて執行されていたと記されています。大正4年に高野山大師教会が落成し、その折に大師教会大講堂へと場所が移されました。

また、6月第2日曜日には、町家の皆さまがお大師さまの生誕を祝う高野山青葉まつりが開催されます。高野山一山上げてのお祭の日で、午後からは花御堂渡御が行われ、日本各地から踊りや太鼓といった諸団体の方々も加わり、メインストリートをパレード致します。当日の飛び入り参加も大歓迎ですので、是非ご参加ください。

青葉まつり前日の前夜祭では夜店もあり、また商工会青年部主催による「奉燈行列」もあり、明かりがともされた力作のねぶたが夜の町をいろどります。

※画像は青葉まつりのものです。